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Timmy_vegas
DERRICK MAYのSTRINGS OF LIFE(名義はRHYTHIM IS RHYTHIM)のカバーによって、一躍時代の寵児となったSOUL CENTRAL。そのSOUL CENTRALのTIMMY VEGASが待望の初来日を果たした。SOUL CENTRALにはSTRINGS OF LIFEのような楽曲と対極にあるような楽曲もあり、彼の志向性(音楽観)については非常に興味深いところだ。


まだ到着したばかりですが、日本の印象は?

すごく好きだよ。今朝7時に家を出てきてまだ一日しかここにいないけど、とても親切な人たちに出会ったし、とても美味しい食事もした。街にはフラッシュライトが溢れ、様々なことが起こり、どこでも沢山の人が歩いている。とてもエキサイティングな場所だね。ここには、色々なことが起こっているという沢山のエネルギーがあるように思うね。イギリスではここ10年寿司が人気あるけど、僕は日本のカレーも好きだよ。実は僕はシェフなんだ・・・というか 自分でシェフだと思っているんだけどね。僕は料理が好きだけど、料理と音楽制作は、とても良く似ているんだ。音楽制作では、ベースサウンドやキック(バスドラ)にコンプレッサーを掛けたり、ボリュームやバランスを調整して、スネアドラムやハイハットを加えるプロセスがある。料理では、生姜・スパイス・塩・コショウを加え、味見をしてベースの味が強いとか生姜が多いというようになる。結局、耳への音楽とお皿の上の食べ物は良く似ていていて、とても創造的なプロセスを経ているんだ。

音楽的なバックグラウンドを教えていただけませんか?どのような経緯で音楽に没頭するようになったか、またそのきっかけとなったことは?

感謝していることだけど、家族がいつも音楽をやっていたんだ。いつも家の中で歌ったり、父も演奏していたりしたし。サッカーのように当たり前のことだったんだよ。イギリスの人は皆サッカーが大好きだけど、僕にとっては、音楽がサッカーと同じような存在だった。僕は昔から音楽に慣れ親しんでいたので、スクールディスコではDJだったし、子どもの頃からどんな時でも音楽担当だった。88年か89年頃にイギリスでもハウスが流行り始めたときにはそれまでキーボードを弾いていたけれど、それを辞めてDJだけをするようになり、それと同時に音楽制作も始めるようになった。その頃のDJは新しいギターヒーローのようなものだったんだ。それまでは、EDWARD VAN HALEN、JOE SATORIANI、STEVE VAIのようなギターソロが弾けることがすごいことだったんだけど、DJの登場以来全く変わってしまった。DJが新しいロックスターになったんだよ!正直言ってそれが良いことかどうか分からないけれど。。

僕にとっては、楽器を辞めてDJになることは自然なジャンプだった。別にその時はDJを崇拝しているわけではなかったんだけどね。DJをしたのは、それが音楽的に自分を表現する道だったからさ。かつては時々ギターやキーボードを弾いたけど、すっかりDJだけになってしまったね。そういう移り変わりだったのさ。だから、ギターは泣いてるよ。「僕を弾いて~!」って。「うるさい、僕はDJなんだ。ミックス中なんだから!」(笑)

Pict0188
僕はLed ZeppelinのROBERT PLANTのバンドでキーボードやギターを弾いていたことがあるんだ。どういう経緯でROBERT PLANTのバンドに入ったかと言うと、彼は、スタジアムでやるような“ビッグ ロック”とは違う、親しみのある曲を一緒にやるバンドを探していたんだ。昔聴いて育ったレコード、BOB DYLANやJAMES BROWNのようなものをやりたかったんだ。ROBERTは自分がなりたいのはブラックアメリカンソウルシンガーだと言っていたよ。
彼はとても地元に思い入れがあって、地元のミュージシャンを使ったんだ。僕の住んでいる所はROBERTの所からそんなに遠くないしね。たぶんスタジアムでやるようなロックマシーンではなく、基本に戻って、自分の育った所や、出身地に関係しているような地元のバンド、BOB DYLANやNEIL YOUNGみたいにしたかったんだと思う。彼はかっこいいし、伝説的人物でもあるし、とてもいい人だよ。

彼と演奏することは不思議な体験だったよ。考えてごらん。僕がステージで演奏している時に、ROBERTがライトを浴びてそこで歌っていて、観客がいっせいにステージを見つめているんだよ。僕はステージにいることを忘れて、観客と一緒になってROBERTに見とれてしまうこともあった。それで、「TIMMY、集中しろ!君は観客じゃないんだ。ステージにいるんだ!」と叱られたりしてさ(笑)この経験はとても光栄に思うし、名誉だと思うよ。

音楽は2種類しかないと思う。さまざまなジャンルの音楽があるけれど、良いか悪いかの「GOOD & BAD」だけなんだ。例えば、「FRANK SINATRA? ダメ!あんまり使えないからダメ!」とかね。良いか、悪いか、それだけなんだ。僕はいつも新しい音楽を聴いている。ハウスである必要はないし、クラッシックを聴くこともある。

僕もLed Zeppelinが大好きです。元々アメリカンロックよりUKロックが好きなんですよ。GARY MOOREのレコードは80枚くらい持ってますよ。

みんなLed Zeppelinが大好きさ。一番かっこいいバンドだし、1970年代のロックといえばLed Zeppelinさ。BLACK SABATHは好きかい?彼らは僕の地元のバーミンガム出身だし、JOHN BONHAMとROBERTもバーミンガム出身だからね。僕の出身地バーミンガムでロックやヘヴィメタルが生み出されたなんて光栄だね。GARY MOOREもいいね。彼は暫くPHIL LYNOTTと一緒にTHIN LIZZYをやっていたよね。日本でもGARY MOOREのファンは沢山いるの?

GARY MOOREのファンは残念なことにあまりいませんね。最後の来日から20年経過しているんですよ。。。へヴィメタルといえば、IROM MAIDENが好きです。コンサートも中学2年生の頃行きました。でっかいEDDY(IRON MAIDENのキャラクター)が登場してびっくりでした。

「SIX,SIX,SIX ,NUMBER OF THE BEAST~♪」(歌い出す。IRON MAIDENの曲)
クレイジーだよね。あとねぇPINK FLOYDもすごいよね。そんなにヘヴィではないけど、コンサートが素晴らしい。それから、ALCATRAZのLIVE IN TOKYOのビデオをレコードフェアーで買ったよ。確か84年か85年のだったと思う。

僕はRAINBOWが好きです。RITCHIE BLACKMORE・・・

DEEP PURPLEね!もしかして、もっと知ってるの?UKバンド全部知ってるじゃない。僕たちは「ロックマン」だね。「We Rock!」(笑)

STRNGS OF LIFEの誕生

SOUL CENTRALがSTRNGS OF LIFEをカバーしたことによってSTRNGS OF LIFEをカバーするアーティストも数多く出てきました。これだけ数多くカバーソングがリリースされることは珍しいと思うのですが、このような現象をどのように考えていらっしゃいますか?

Timmy_vegas_2 何て答えていいのか分からないな・・・
ANDY WARD(SOUL CENTRALのパートナー)と今僕たちがロックについて話していたみたいに、「このコード覚えてる?」「STRNGS OF LIFE!素晴しいよね。」
「DERRICK MAY?大好きだよ。僕、弾けるよ。」「じゃ、やってみないか?」
「いいよ。やってみよう!」
という訳で、僕たちはこの曲をすることになった。新しい曲も書いていなかったし、タイミングとしてはばっちりだったんだ。1年後には2500枚売れたんだけど、僕たちにとってはビッグヒットだから、奇妙なことだよ。でもね、それだけでは終わらなかったんだよ。ある日電話がかかってきて、再発売しないかということになり、僕もANDYも「どうぞ、どうぞ」と再発売することになったんだ。6ヶ月後に、マイアミにいるおじさんから、電話があって「みんなが、お前のレコードを持ってるぞ。」
「えっ?」「STRNGS OF LIFEがいろんな所でかかってるぞ!」
「え~!ホント?ウソだ~!」
と会話をした3年後にはボンッ!と大ヒット。だから、とても不思議な体験だった。このことで一つ分かったことは、この業界では、次に何が起こるか全く分からないということ。DERRICK MAYもカバーされてヒットしたことに驚いているに違いない。
DERRICK MAYのオリジナルは芸術作品で素晴しい曲だ。僕らはそれをミックスして大ヒットした・・・奇妙だよ・・・でも良い方の奇妙だよ!

今でもジャズバージョンでカバーされたり、クラッシックバージョンなんかもあるんじゃないかな。シンプルな曲で、コードが繰り返す。DERRICK MAYはSTRNGS OF LIFEをサイクル・オブ・ライフ(人生・生命の循環)と同じだと言っているのではないかな。もしかしたら、本人はそんな風に言われるのは好きじゃないかもしれないけど。でも、特別な曲なんだ。だから、「DERRICK、ありがとう!」
この曲ではピアノをソロで弾いたけど、SONG FOR SHARMAではギターも演奏しているんだ。元々は別の人が演奏することになっていたんだけど、スケジュールが合わなくてどうしようかと考えていたときに、ANDYが「お前やれよ!」って。「出来ないよ。上手くないし、指は柔らかいし。」と言ったんだけどね(笑)短いけど印象的なギターのフレーズで、GEORGE BENSONを意識したんだ。この曲はMASTERS AT WORKのKENNYとLOUIEに取り上げてもらって光栄だよ。僕は、彼らの仕事の大ファンだからね。STRINGS OF LIFEとSONG FOR SHARMAはまったくタイプの違う曲だけど、FRANK SINATRAやジャマイカン・ダブ・サウンドシステムみたいに、僕はいろいろな種類の音楽が好きなんだ。自分が表現したい曲を躊躇したりすることはないんだ。正しいと感じればやればいいんだ。Led Zeppelin、BOB DYLAN、BOB MARLEY、MASTERS AT WORK、何であれ、踊る人がいればいいんだ。なかには「ダメ。僕の好みじゃない」という人もいるだろうけど、それはそれでいいんだ。まず、自分に正直でないといけない。
人はあるスタイルに固執したり、型にはまったりすることがあるけど、イギリスでは沢山の違ったタイプの音楽があるからね。僕は歳をとりたくないんだ。自分の昔の曲をかける老人にはなりたくないんだ。いつもそう心がけてるよ。

シェルターにも行ったことあるし、そこは大好きだけど、僕はイギリス出身だから、僕のやることは違うんだ。彼らはディープ、ソウルフル、アンダーグラウンドのNYハウスミュージックだけをプレイする。他のものはプレイしようとしないんだ。僕にとって、そういうことをするのは意味のないことなんだ。だって、僕は僕のままなんだから。もし良いレコードだったり、良い曲だったりしたらジャンルに関係なくプレイする。料理を味見してみて、美味しかったら食べるのと一緒だよ。

音楽以外で製作において何か影響を与えているものはありますか?

もちろん!哲学みたいに聞こえるのはイヤだけど、人生における全てのことが、気分に影響を与えるし、その気分は音楽に影響を与えるね。今イギリスではエレクトロみたいな、ダーティーで、ヘッドバンギングな曲が流行っていて、カッコイイんだけど、それは、イギリスの人々の感情を反映しているのだと思う。環境やら戦争やら政府へのね。音楽はハードになってきている。

僕には女の子の赤ちゃんが生まれたばかりなんだけど、彼女に曲を書いたんだ。もし、人生がうまくいっていれば、幸福に満ち溢れた、美しい、耳に心地よい曲になる。もし、自立できない人生を送ってきたら、暗い音楽になるかもしれない。自分の親しい人たち、国や世界の環境は、間違いなく、考えや音楽に影響を与えるね。

それと、他のプロデューサーやDJにも影響を受けるよ。去年のイビザで聞いたミニマルな曲は、新しいレーベルのユニバースメディアから出た「GIRL FROM BRAZIL」に影響を与えているね。これは、ミニマルトラックではないけれど・・・
あとね、イタリアで聴いたミニマルDJのプレイも自分のスタイルにも影響を受けたよ。別にミニマルのレコードを作るって訳じゃないけど、次に作るものに影響があるね。

この間、日本のシンガーのためにリミックスをしたばかりなんだ。グリッターという曲で、とても人気のある女性シンガーなんだけど・・・日本語は英語と違って発音が難しいから、名前を覚えるのも難しいんだ。(浜崎あゆみの新曲)あと、TEI TOWA。彼のリミックスもするんだけど、僕のヒーローだよ。
音楽を製作する上で一番の目的は、ダンスミュージックで人を踊りたいと思わせることだね。僕の曲がある神経を刺激して踊りたいと思わせる。ただ踊らせたいだけ。僕の曲で世界を変えたいとは思っていないさ。DJが僕の曲を4,5分プレイする、その時間に神経を刺激して、気分がよくなって踊れればいいのさ。僕たちはエンターテイナーだから、楽しませるのが仕事だ。

今アルバムを作り始めているんだ。もっとアーバンでもっとUKサウンドになっている。まだブラック・アメリカンのソウルフルな影響は大きいけど、イギリスでの動きにも注目している。例えばレゲエ、ダブ。
イギリスには沢山のジャマイカンが住んでいるからね。また、セックス・ピストルズなどのパンクの影響もある。ANDY WARDと僕のやっていることは、ブラックアメリカンミュージックを愛していたのを後悔しているのではなく、それはいつも根底にありつつ、かつ、僕たちの受けてきた影響を見始めているのさ。僕たちは、自分に正直にしているんだ。

音楽は人生のサウンドトラックかな。人生が映画で、音楽がサウンドトラックだね。僕は音楽以外はさっぱりで、何もできない。車のオイルさえ交換できないし、電球も替えられない。音楽しかできないんだよ。

Message from TIMMY VEGAS

TIMMY VEGAS Plays STRINGS OF LIFE at Daikanyama AIR

Lava_photo_2今回DJ to DJインタビューのゲストはLAVAです。

僕はTodo diaという曲が好きで、いろいろなところでプレイしているのですが、LAVA作品の特徴はダンスミュージックを知らないリスナーもすんなり聴けてしまう、バツグンのソングライティング力と彼独自のネットワークから選ばれたミュージシャンが織り成す卓越した演奏力だと思います。

今回のインタビューを通じて、以前からLAVAを知っている人は改めて彼の音楽を聞くときに、少しでも新たな発見があればうれしいですし、このインタビューを読んで興味を持ったリスナーの方には彼の音楽を聴いてもらうきっかけになればと思います。最後まで楽しんでご覧ください。

最後にはLAVAオススメの5枚のレコードとサウンドファインダーのお客様へのビデオメッセージがあります。
 
 

音楽は実験的なもの

Lava_01_1僕は子供の頃、ミックジャガーやデビットボウイになりたかったんです。当時アメリカではオリビアニュートンジョン、ビリージョエル、ジャーニーなど産業ロックが流行っていましたが、僕はUKのチャートに登場するようなアーティストに興味がありました。ブリティッシュインベンジョン(例:デペッシュモード、OMDなど)に強く影響を受けています。そのような音楽は実験的な音楽で、音楽は実験的なものなんだということを意識するようになりました。音楽を聴き始めると、好きなアーティストのギターやドラムなどをコピーしたりしますが、あまりそのようなことはしませんでした。

UKの音楽についての視野が広がったのは、ライブハウスに出演したときのギャラでデビッドボウイのジギースターダストを買ったことがきっかけでした。また、世代的にもパンクの洗礼を受けている世代なので、パンクバンドもやっていましたが、パンクについては他の人と違った捉え方をしていました。多くのパンクバンドはダブのリズムを取り込んでいることが多かったのですが、僕はリズムよりもダブのメロディに興味がありました。なので、クラッシュよりジャムが好きでしたね。僕の周りはハードコアに流れていきましたが、僕はメロディがしっかりしたものを追求していました。音楽の軸はメロディにあると思っています。これは今でも変っていません。

僕が初めてイギリスに行ったのは23歳のときでしたが、DJに興味があるとか、DJをやりたいとかそういう気持ちで行ったわけではなく、自分が好きな音楽を聴きたいという気持ちで行きました。このときの経験は人間形成をする上で非常に有意義な時間でした。なけなしのお金をはたいてギターを購入し、街角で歌っていたこともあります。一人では何もすることができないということを実感ましたね。23歳という年齢は一般的に就職活動の時期ですが、ふらふらしていることに不安な気持ちはなく、なんとかなるんだ、自分の好きな音楽を極めようと決心したときでもありました。

1年間ロンドンに滞在した後、日本に帰国し、ソロシンガーとしてメジャーレーベルからデビューする機会に恵まれました。が、当時の日本ではCMタイアップ、ドラマタイアップなどが前提でCDをリリースしなければならず、そのようなことに嫌気がさし、音楽業界に失望しました。このとき契約を打ち切って再び自分を成長させてくれた、大好きなロンドンに行くことを決意するのですが、音楽業界に失望したにも関わらず、この時僕は100曲を新たに書き下ろしています。あふれる想いがなければ、ロンドンに再び行くこともなかったような気がしますね。

ミュージシャンからDJ

Lava_03ロンドンに行って、たまたま入ったクラブでハードハウスがかかっていたのですが、踊っている人が楽しそうだし、音がでかいのに、音がいいってことが不思議でした。よく見るとフロアにDJがいて、「これだ!」と思い、気がついたらブースに行って、DJに「Let me play!」と言ってました(笑)

次の日も早い時間に同じように交渉したんですが、そのうちつまみ出されるようになった。日本にいる頃にはディスコで一番偉いのは黒服だと思っていたんですが、どうも様子が違う、ここではじめてDJって偉いんだとわかりました。僕の解釈ではDJは誰でもやらせてもらえると思っていました。今だったら、絶対できないですね。(爆笑)

LAVA(うっとおしい奴というスラング)というニックネームはこの頃ついたのですが、来る日も来る日もおんなじことをしていましたね。

どうしたらDJできるのかと考えた挙句、友達を作って、その友達づてにDJできるところを紹介してもらうことにしました。そんなことをしているうちにようやくその機会に恵まれ、MELTというテクノハウスのクラブでプレイすることができました。

ラッキーなことにそこでDJをやっていたデビットというDJの家に居候させてもらうことができるようになり、彼の家にあるDJ機材を使わせてもらえたので必死に練習をしました。ただ、元々は歌モノが好きだったので、テクノばかりプレイすることにだんだん飽きて来たこともあり、彼の家にあった昔のブラジル音源を流しながら、テクノトラックにのせてかけてみたら、これがかっこよくて。実際にクラブやってみたら評判がよく、当時ロンドンはネオブラジリアンが流行だったということもあり、別のクラブでもDJできるようになったんです。こんな生活をしているうちに、だんだんと曲を作りたくなり、イギリスのレコード会社に何も持たずに、「いい曲書きますよ」と営業に行きました。(笑)根拠のない自信、これがすべて。僕には絶対いい音楽が作れると思っていました。曲なんか作っていないのにね(爆笑)

僕がいろいろなところでそんな話をするものだから、相手もそのうちに乗り気になってきてしまい、これは本気で作らなくてはいけないなと作り始めたんですが、元々はロックの作曲をしていたので、最初のうちは苦労しました。ただ、そのうちにメロディが降ってくるようになったんです。メジャーで音楽製作をやっていた頃のような重圧がない中で、自分の好きな音楽を作れる喜びはとても自由で充実しているものでした。ちょっとしたわくわくした使命感が作曲の根底にあって、自分が元気にさせられた音楽を自分で作れる喜び。自分が作った音楽でいろんな人を元気にしてあげたいという気持ちがすべてのモチベーションにつながっていきました。音楽を創作する上での明確な方向性が見え始めたんですね。

僕の音楽はすべての人にとって喜びであって欲しい。

Lava_02僕は制作する上で、いろいろな国にネタの仕込みに行くようにしているのですが、そのような中でつながりができたミュージシャンと日本にいる有望なミュージシャンとの交流ができるようなネットワークを作りたいと思っています。今後も海外とのパイプをどんどん増やして行きたいですね。特にデンマークなどの北欧の国には行ってみたい。「いい曲作りますよ」ってレコード会社に挨拶しに行かないと(笑)

僕がここまで成長できたのはダンスミュージックのおかげ。失意の中でロンドンに渡り、そこで出会ったダンスミュージックがあったからこそ今の自分があり、こうして音楽に携わることができる。僕の音楽はすべての人にとって喜びであって欲しいと思っています。僕が元気にしてもらったように、僕の音楽をきいて元気になって欲しい。

音楽を志す人に対しては、志が一緒であるメンバーと一緒に仕事をするようにしたほうがいいと伝えたい。僕は音楽を作る上で、いいチームを作りたいと思っています。製作する人、プロモーションする人、レコードショップに紹介に行く人、すべての人の志が一緒であることが大切です。これは僕の経験ですが、能動的に自分で考えて行動しないと、全部人のせいになってしまう。「あの時こうすればよかった。こうなったのはあいつのせいだ」と。自分のふがいなさを人になすりつけるというのは気分的に良くないということをメジャーで嫌というほど味わいました。残念ながら、いい音楽を作れば売れるとは限らないけど、志が同じ方向に向かっている人と仕事をすることは、すべてにおいて責任を全うするということにつながります。

リスナーの方には、音楽自体がとても便利になってきている半面、自分が本当に好きな音楽を探すということが難しくなってきていると思うので、本当に自分が好きな音楽を探す努力をいつまでも続けてほしいと思います。

リリースインフォメーション

日本人ラテン・ハウスのトップDJ、ラテン・ブラジリアンのコンポーザーLAVAが新たに魅せる、渾身のコンセプチュアル・ラテン・ジャズ2タイトルを同時リリース!

1・LAVA書き下ろしの新曲を含む、待望の全曲新録音オリジナル・アルバム!

LAVA’s Concept for Latin Jazz Vol.1~

el jazz/LAVA

【発 売 日】2007年9月26日 (水)

【品  番】KICP-1264    

【レーベル】セブンシーズ

【定  価】¥2.800  

【曲目】

Beach(Piano Trio Ver.)

706Field(Piano Trio Ver.)

A Night In Le Fonque(Piano Trio Ver.)

Manteca

Night In Tunisia

King Of Pain feat.Mina

Esperanza feat.Olivia Burrell(新曲) 

Green EyedFish(新曲)

It’s Allright(新曲)

Don’t Stay Down feat. Shawn Altman(New Version)

<曲順未定>

Latin Jazzをコンセプトに全曲録りおろし!待望の書き下ろし新曲3曲のみならず、LAVA初期のラテンハウスの名曲をピアノ・トリオでクールにセルフ・カヴァーしたもの、ラテン・ジャズのキラー・チューン“マンテカ”“チュニジアの夜”をフロア・ライクにアレンジしたもの、さらに今作の目玉とも言えるポリスの名曲“キング・オブ・ペイン”の超ダンサブルなカヴァーまで飛び出し、現在進行形のLAVAによる少し大人でコンセプチュアルなラテン・ジャズ・トラックを収録!

ラテン・ハウスのトップDJらしいダンサブルなラテン・フレイヴァー溢れるサウンドで、自身の音楽性のネクストを示唆する、極上アルバム!

2・LAVA完全プロデュースによる、マドリッド在住ユダヤ人ラテン系ジャズ・ピアニストの日本デビューアルバム!

 ~LAVA’s Concept for Latin Jazz Vol.2~

Dreaming On The Fire Escape/ヨシュア・エデルマンproduced by LAVA

【発 売 日】2007年9月26日 (水)

【品  番】KICP-1265

【レーベル】セブンシーズ

【定  価】¥2.800

【曲目】

Recordando a Castillo

Drume Negrita (arrangement by David Pastor)

Dreaming On The Fire Escape (dedicated to Gabriel & Jiyoon)

Waltz For Cris

Zascandil

Fusion de almas

Regresando

Sarita's Samba

Invitacion

Claudia

Los Tres Golpes

Recado Bossa Nova

La Comparsa

Before and After

<※曲順未定>

ラテン・ハウスのトップDJ、ラテン・ブラジリアン・コンポーザーLAVAがネクストを示唆する重要作品!

LAVAの初期傑作アルバム『Conexion』に参加していたヨシュア・エデルマンの、LAVA完全プロデュースによる日本デビュー・アルバム。ヨシュアは、スペイン・マドリッド在住のユダヤ人。プレイスタイルはクラシックを背景に持ちながらも繊細かつ大胆なラテン・タッチで、LAVAは何年もの間彼のアルバム・プロデュースのチャンスを待っていたと言う。

LAVAが東京でトラックを制作しマドリッドに飛んで生音を現地録音後、さらに東京で追加録音、ミックスを施すという、一見原始的だが制作現場のコミュニケーションによる熱が1℃たりとも失われていない熱いトラックばかりが収録されました。

Djmitsu_12 今回のDJ to DJはDJ MITSU THE BEATSです。
簡単にプロフィールを紹介すると、2000年デビューe.p."Bust the Facts"をGAGLE(ガグル)名義でリリース。その後リリースしたファーストフルアルバム はフィル・アッシャー、パトリック・フォージ、ジャイルス・ ピーターソンらに絶賛され、Planetgroove よりリリースされた初のソロアルバム「NEW AWAKENING」は同様に海外でも評価され、URB( 2004/April issue ) のNEXT 100 にDJ Mitsu the Beats が 日本人で唯一選出されるなどの経歴をお持ちになっています。

現在は国内外問わず、数々のリミックスワークやプロデュースを手がけ、注目を集めるDJ MITSU THE BEATS。多忙なスケジュール の合間を縫って、サウンドファインダーが独占インタビュー!
「普段スタジオの待ち時間とかにサウンドファインダー見てますよ!」と気さくに話すDJ MITSU THE BEATS。彼の音楽的なバックグラウンドやトラックメイキングに関しての想いを十分にご堪能いただければと思います。   

SOUND FINDER:音楽的なバックグラウンドを教えてもらえませんか?

Pict0128MITSU:子供のころは父親がJAZZが好きで、母親がBOSSA NOVAが好きという環境で育 ちました。自分としてはそれが好きだったということはありませんでしたが、中学生の頃、BOBBY CALDWELLのHEART OF MINEを聞いてAOR(Adult Oriented Rock)に目覚めました。BON JOVIとかも聞いていましたよ。中学校の後半くらいにNEW JACK SWINGを聞き始めて、そこからRAPに興味を持つようになり、TEDDY RIELYが好きになり、PETE ROCKが好きになって行きました。

一番衝撃的だったのが、姉がダビングして持って帰ってきたHIP HOPのプロモーションビデオを見たときでした。それ以来HIP HOPが好きですね。でも、そればかりではなく、良いと思うものは日本の曲でも聴いていました。良いと思うと、そのアーティストを調べてどんどん追求していくんですよね。

高校の時は恵まれた環境で、学校の裏にレコードショップがあって、毎日行っていました。そこで聞くHIP HOPがレコードでしかないもので、今まで自分がCDで聞いていたものとまったく違ったんですよね。DJに興味を持ち始めたのが、高校の頃なんですが、それがきっかけですね。それ以来、ずっとレコードを掘り続けています。

2000年くらいからはJAZZを深く追求するようになりました。JAZZはわかりにくいものと思っていましたが、メロディがきれいで、わかりやすいピアノなどのJAZZは好きでした。それはBILL EVANSを姉が好きだったという影響もあると思います。自分が好きなHIP HOPのフレーズが引用されていたりすると、そこからぐーっと興味が湧いてきて、その曲が好きで買うというより、そのフレーズが好きで買うということが多かったです。曲としてその部分が好きだから、曲が好きって感覚かな。

レゲエも好きですが、たぶんレゲエが好きで聞いている人とは違う聞き方をしている。常に自分がトラックを作る場合を想像してしまっています。職業病ですね(笑)

SOUND FINDER:トラックメイキングをする人はたくさんいますが、MITSUさんと同様にチャンスをつかめる人はごくわずか。まず、どのようにしてこの業界でステップアップしていったか?ということを教えていただけませんか?

Pict0114MITSU:一番最初にMPC2000を買ったのがきっかけで、トラックメイキングをはじめました。その頃はいろんなHIP HOPを聞いていましたが、「自分だったらこう作るのに」っていうアイディアがあったんですよね。どうしても製作者側になりたかったくて、ずっと地道にデモを作っていましたね。

ファーストシングルをリリースした後、フルアルバムをリリースしたのですが、その頃から徐々に製作の依頼が増えていきました。飛躍的に依頼が伸びたのは、2003年にリリースしたソロアルバムですね。この後からすごいことになった。僕にリミックスを依頼してくださった方が、いろいろな方に紹介してくださることで、アンダーグラウンドのHIP HOPだけでなく、さまざまな音楽を手がけることができるようになりました。

こういう状況になっても地道に作業を続けること、好きなことをやり続けることという姿勢は昔から何も変っていません。
元々は音楽を生業とすることを決めていたわけではありませんが、自分のレコードを出せるということが決まってからは、それまで働いていた仕事を辞めて、音楽に集中するようになりました。はじめたばかりの頃は、アルバイトもしていましたし、不安でした。食って行くということは大変なんだなって思いました。

Pict0111HIP HOP業界では他の人に比べて、僕は製作の依頼が多いほうですが、それだけで食べて行くことは本当に大変なことです。それにあこがれている人には厳しいことを言うようですが、ほんとに厳しいです。そういう点で、僕はとても恵まれていると思いますよ。海外のアーティストからも製作の依頼があるし、DJとしてツアーにも海外に出ることができる。でも、不安は常にあります。「この仕事が途切れるかも知れない」という不安はありますが、先のことを考えたら不安しかないので、良い曲を作るということに集中します。このドラムはどうしたらもっと良くなるかとか、とにかくいい曲をもっと作りたいということしか考えていない。たとえ、それがメジャーからリリースされず、自主制作であったとしても、いいものを作れば絶対にやっていけると確信しています。

一番最初はもっといい曲を自分だったらこう作るというのがトラックメイキングを始める上で考えていたことです。今聞いたら、ひどいんですけど(笑)、人に聞かせたいというより、自分が満足したいという気持ちが強かった。
今は聞いてくれる人のために作っています。それは製作を依頼してくれた方も含めて、仕事としてやっている以上、満足してもらいたいという気持ちが強いです。

製作する上でのアイディアの源はレコードからのインスピレーション、これがすべてです。使いたいレコードを全部サンプリングしてみたけれど、まったく使えないということはありますが、それを苦痛と思ったことはありません。製作する上では時間的な余裕がないのが一番厳しいですね。いかに短時間でみんなが満足してくれるトラックを作るか?ということが課題です。聞いてくれる人のためにトラックを作ることは確かにハードルがあがったけれど、それを苦痛と思ったことはありません。

SOUND FINDER:日本語で伝える上で、言葉というものについてどのように感じていますか?

Mtsu_02 MITSU:僕は日本語RAPからは脱落した人間ですから。あんまり訴えたいことはないなと思っています(笑)
それはさておき、日本人を対象にするというという点で、心に訴えかけるものとしては歌詞は重要ですね。1年ほど前までは、海外では日本語RAPダメだろうと思っていたのですが、弟のフローや韻の感じを海外のプロデューサーが評価してくれて、フィーチャーしたいという依頼をもらうようになりました。

先日、韓国にライブに行きましたが、イントロ部分を合唱してくれるんですよ。それを目の当たりにした瞬間、意味はわかっていなくても、通用するという気持ちを持つようになってきました。アメリカでは知っている曲で盛り上がるような感じで、あまり深く追求しない感じがします。英語じゃなきゃダメみたいなところがあり、日本語RAPは厳しいかなと。でも、ヨーロッパは英語が母国語ではないから、日本人と一緒でフローとか、声質でかっこいいと言ってくれる人がいます。次のアルバムはヨーロッパでもディストリビュートとして、多くの人に聞いてもらいたいと思います。

トラックメイキングをする人は、人と違うものをやるということが大切です。例えば、曲のサンプリングの仕方はルールがあるわけではなく、こんなことをやっていいのかな?というぐらいの創造性が必要です。そのためには好きなことを追求してやるということが大切ですね。   

インタビューの最後にはMITSU THE BEATS本人によるイベント情報とレコメンドディスク紹介です。最後までお見逃しなく!

http://www.gagle.jp
http://www.myspace.com/mitsuthebeats
http://www.jazzysport.com

Cd_2 2007年3月26日に1枚の衝撃的なアルバムがリリースされる。Joe ClaussellのファーストアルバムUnchained rhythumsだ。このアルバムはジャンルにカテゴライズすることができない壮大なコンセプトを持つサウンドトラックのような仕上がりで、Joe Claussellがダンスミュージックの枠を超えて、すべての音楽ファンに放った歴史的傑作といっても過言ではない。このアルバムはクラブミュージックでもなく、コーマシャルな音楽でもない。ここにあるのは彼のオリジナルの音楽である。今回のインタビューではこのアルバムを製作するにあたっての想いや彼が今感じていることについて話を聞いてみた。   

 

SOUND FINDER:このアルバムの構想はいつから考えていたのですか?

Joe Claussell:この地球上にはありとあらゆるところに音楽があるということを世界中を旅してわかったんだ。コンセプトはそんな中で、自分たちの身の回りにあるリズムをもっと使って表現したいということだった。例えば、Unchained rhythumsというトラックには子供が公園で遊んでいるときの声が入っていたりするんだ。
また、これとは別のとても大切なコンセプトもある。それはこの地球上で、自分のアートを表現したいと思っているすべての人が、社会の呪縛から開放され、恐れることなく自分を表現して欲しい、そんな願いも込められている。どうしても僕たちは本当に優れていると思うことを話したり、作ったりすることをためらってしまうことがあるからね。
例えば、君の質問にあるように、このアルバムを聞いた人がつまらならないと感じたとしよう。そういう人たちはJoe Claussellはこういう人だと最初から決めてつけてしまい、このアルバムのコンセプトを感じることができないし、イメージすることもできない、ましてや理解することもできないくらいに感覚が縛られてしまっている。
Unchained rhythumsやこのプロジェクトはこんな人たちに向けて作ったものだ。これこそがUnchained rhythumsの哲学だ。

すべての人はアーティストだと思う。みんな内面にあることを表現したい思っているはずだからね。音楽をよく知っているとかそういうことではなく、映像作家や詩人であったとしても自分が信じることを表現することが大切だと思うんだ。自分たちの内面にある表現したい気持ちをどのようにしていろいろな人たちに理解してもらうか?ということを自分自信がわかることが大切。人はいろいろなこだわりを持っていると思うんだ。内面に埋もれていて、忘れたくても忘れられないような感情は何らかの理性が働いてうまく表現できないで苦しむ。僕は日本に来るようになって、日本人にはこの傾向があると感じている。僕たちはみんなアーティストだし、誰かの目を気にすることなく自分を表現すべきだと認識しているにも関わらず、多くの日本人は自分が本当に思っていることを表現しない。もし、表現したいことを包み隠さず表現できれば、今の世の中はもっと楽しくなると思うよ。
たくさんのリスナーにこのアルバムを聞いて欲しいんだ。音楽を聴くだけでなく、このアルバムの根底に流れるコンセプトを感じて欲しい。僕はこのアルバムを通じてとても大切なメッセージを発信しているつもりだ。僕の願いは宇宙という大きな視点にたって人々が物事を考えるようになり、新しいことや他の人と違うことを表現できるようなればいいと思う。
そのために僕が今まで宇宙から感じたパワーと同じようなパワーを僕がこのアルバムを通してすべての人に捧げたいと思っているよ。
オリジナリティ溢れる音楽や芸術をみんなが作るようになったら、世の中はもっと素晴らしいものになる。そう思わないかい?僕たちが普段見聞きしていることを見極める時に来ていると思うんだ。例えば、Joe ClaussellのUnchained rhythumsはDJのための音楽だと思っている人もいるかもしれない。そういう人たちはイメージが凝り固まってしまっている。オープンな気持ちでこのアルバムを聞いて欲しいな。
 
 

SOUND FINDER:このアルバムを製作するにあたって、影響を受けたものはありますか?

Joe Claussell:すべてのものだね。アイディアの根源にあるのはこの地球上すべてのリズムだ。でも、一番大切なことはひとつのアイディアを絞る出すのもたくさんのアイディアが元々はあったということかな。例えば、宇宙というキャンバスに画家が絵を描いたとしよう。宇宙は無限だからキャンバスも無限だ。要するに僕たちのクリエイティビティは無限だということだ。
僕は自分の表現手段として音楽を選んだ。音楽は神様が授けてくれた素晴らしいもののひとつ。僕にとっては宗教のような説得力もある。だから僕は音楽を一番大切にしたいんだ。音楽は何物にも代え難い大切なものなんだ。
 
 

SOUND FINDER:このアルバムは非常に素晴らしいアルバムだと思います。ただ、音楽産業は構造的な問題を抱えていて、売れるものを製作・販売する傾向にあり、このような作品を受け入れる土壌がないのも事実です。あえてこのようなアルバムを製作することにためらいはありませんでしたか?

Joe Claussell:僕は自分の音楽を作るうえで、ためらったことは一度もない。なぜならば僕は自分が表現したいものについて正直だからだ。今、音楽産業はさまざまな問題に直面している。大切なことはメジャーな音楽が僕たちが信じる音楽を支配できないようしなきゃならないということだ。例えば日本で戦争反対デモをしたって、戦争はいったん始まってしまうと、終わることがない。でも、世界の国々でも同じときにみんなで戦争に対してのデモを行えば、戦争は終わるんじゃないかな。これと同じように、今僕たちが置かれている環境をみんなで壊さないと。僕たちは何にも束縛を受けない世界に生きる必要があると思うんだ。レコード会社も環境が変れば、お金のためではなく、本当の音楽のために尽力するようになると思うよ。それが本来の姿だ。

SOUND FINDER:アメリカは政治的な問題を抱えていて、独善的な考え方のような気がする。このアルバムはそのアメリカの方向性に対する強烈な批判のようにも感じるが、製作にあたっては現在のアメリカを意識することはあったのですか?

Joe Claussell:音楽を製作する上では時流に流されないもの作るって事だけを意識するけど。意見を言わせてもらうと、What The World Needs NowとMiddle Eastern Bluesは今起こっている恐ろしい戦争について書いている。What The World Needs Nowは僕たちの運命は自分たちで変えなきゃいけない。人々は立ち上がって、戦争反対と訴え、この地球上から暴力を葬り去る必要があるんだということを言っている。Middle Eastern Bluesはイラクでの大量殺人、戦争について書いている。中東の自然は破壊され、未来ある子供たちはどうしようもないひどい状況におかれている。この状況を目の当たりにして、僕の心の奥底から表現したいと感じたものを作品にした。僕はハリウッドスターになりたいわけではない。僕が作りたい音楽は意味のある僕の音楽だ。

僕の音楽とはJoe Claussellの音楽だ。僕は他の人のアイディアを盗用することはない。僕がインスピレーションを受けるのは今現在世界で起こっていること。Joe Claussellの音楽を聴いた時にこれがJoe Claussellの音楽だとわかってもらえるはず。本来の音楽とはどういうものかということをわかりやすく説明しているつもりだよ。

Mystical Wonderlandは夢について書いている。Seeds To The Vineは大地に根付く植物が産み出す子孫について、Autumn Prayerは僕の大好きな秋に実りある収穫を祈念するような気持ちを込めている。

このアルバムはかっこつけて音楽や芸術をする人、かっこよくDJをやりたいと思っている人に対しての強烈な皮肉でもある。音楽は僕にとってとても高尚で、クラブに踊りにくる人や音楽そのものと比べたら僕のDJは取るに足らないものだ。それほど音楽は僕にとって大切なものだ。

以下、Joe Claussellからのメッセージを原文のまま掲載します。

A note to all Music lovers in Japan.

Joeforunr_2Whether you listen to Unchained Rhythums or not you must understand that it is your duty to be part of making our planet more positive, creative and free from mental slavery.
Everyone of us have to do our part in helping bring peace and love to the universe, but this is impossible if we do not create and use our own mind and voices to speak against wars not just in the world, but at home and in your country. I beg of all of you to listen to your souls and speak your voices- not about gossip, but about how we can change the planet and make it a better place so that new children of the future can live with true love and Freedom.
I myself am not perfect, no one is, but with the help of your voices ? our voices together we can all change for the better

Thank you for listening.
with Music, love and life

Joaquin Joe Claussell
Spiritual Life and Sacred Rhythm Music
 
 
 
 


リリースインフォメーション

Cd_2

Mental Remedy -Middle Eastern Blues  Remixes.
7"X 2 Limited Edition    

    

      

      

   

Cd_2Unchained Rhythums - Limited Box Set

259335_191 今回のサウンドファインダーのDJインタビューは毎週Harlemに800人以上動員するDJ HAZIMEだ。この10年間にどのような心境に変化があり、その裏に潜むものは何か?彼の知られざる素顔に迫った。

Sound finder:DJはじめたきっかけってなんですか?
DJ HAZIME:中学の頃、ダンス甲子園などのテレビ番組をみて「やべぇ、かっこいい!」と思って、実際にダンスコンテストの番組などに出場してました。その中でダンサー同士の横のつながりができるようになり、よくクラブに遊びに行くようになったのですが、最初の頃はそれほどレコードに興味があったわけではないんですよ。
でも、きっかけはDADA(ダンスコンテストのテレビ番組)に出演したときにDJがレコードを取り出す姿を見て興味を持つようになり、レコードを買うようになりました。その頃、仲の良い友達でターンテーブルとミキサーを持っている奴がいたんで、触らしてもらったら面白くって。。。それでDJも始めたんですよね。
最初は遊び感覚だったんで、ダンスを続けてたんですが、レコードはずっと買っていたので18歳くらいのとき、気が付くと人前でDJできるくらいのレコードを持っていて。。。。試しにちゃんとやってみたら、ホントに面白いなって思ったんですよ。
それで、20歳の時に、NYのダンサーを見て、骨格が違うからダンサーじゃ食ってけないと思ってあきらめ、そこから本格的にDJになろうと決めました(笑)。

Sound finder:僕がバンドでギター弾いていて、ギターうまくなりたいからってクラブに遊びに行ったら、そっちのほうが楽しくって、DJはじめたってのと同じですね(笑)
DJ HAZIME:それとは全然違いますよぉ(笑)硬派ですから。

Sound finder:硬派なんですか??クラブは嫌いじゃありませんでした?
DJ HAZIME:クラブってナンパな場所ですけど、クラブは大好きです!!チョー楽しいって感じでした(ニコニコ)

Sound finder:ところで、DJを続ける事が難しいと感じたことはありませんか?
DJ HAZIME:それを難しいと考えていては続けられないと思いますよ。

Sound finder:ただ、いろいろな理由があって、DJをやっている多くの人たちはDJをやり続けるというモチベーションを維持できる人が少ないと思うのですが。
Pict0039_1DJ HAZIME:それは、それほどDJが好きじゃないんだよ。続けるためには好きでいることが大切。DJをやめちゃう人の理由って、食えないからとか、昼と夜と働くのが大変だからとか言う人がいるけど、オレは食うために働くとか考えたことがない。レコード買いたいから働くというモチベーションでやってたからそれほど苦でもない。やめてしまう言い訳をするのはそれほどDJが好きじゃないんだよ。やり続けることは難しくない、楽しむことだよ。周りを見回すと好きでやっていた人が今でも残っていると思う。金銭的な苦労をしていた人ももちろんいるし、MUROくんもラッパーとしてデビューした後もアパレルショップの店員として働いていた。
あとね、自分のことを言うと、昼間働いて夜みんなで遊ぶと言う環境が楽しくって、その環境を楽しみ続けたいからというのもあったと思う。DJは職業として成立しうると思うけど、その前の過程でやめてしまう、あきらめてしまう人は確かに多いよね。でもね、どの 職業であっても、頂点に立てる人はほんの一握でしょ?
例えば、ワールドカップに出場し、優勝できる選手はたくさんいない。これが競争社会です。お金はこの競争社会を勝ち抜い た人しか手に入れることができない。みんなが同じことをやっていたら有難がられることはないから。。。
(サウンドファインダーをさして)ウェブサイトでもそうでしょ?

Sound finder:最近、クラブは一般化して流行ってしまったために、飽きられてしまって集客が厳しいと思うのですが。それについてはどのように感じていらっしゃいますか?
DJ HAZIME:毎週Harlemには800人以上入っているので、クラブが盛り上がっていないと感じることはないですね。集客が落ちていれば意識することもあるけど、落ちていないからそんなことは思わないですよ。

Sound finder:DJって自分の選曲にこだわる人がいるでしょ?それについてはどう思いますか?
DJ HAZIME:オレはお客さんに楽しんでもらうためには盛り上げるように選曲をするし、それができないのであれば家でやればって思いますよ。オレの周りにはいないけど、選曲のところでぶつかってしまっている人は山ほどいる。選曲にこだわりたいんだったら、そういうイベントを自分で作れば良いと思いますよ。お客さんが入っていて自我を通すより、本当はこれ掛けたいけどお客さんにはこっちだよなって気持ちがないと続けられない。お客さんが喜んでくれなければ仕事として成立しないし、お客さんが盛り上がってなかったらDJをやっていてもつまんない。

Sound finder:DJ辞めたいなって思ったことはないんですか?
DJ HAZIME:DJを辞めたいなとか、大変だなって思ったことは一度も無いんですよ。楽しいから全然苦にならない。3時間続けてDJをしていると、立っているのが疲れたなと思うくらい(笑)。

Sound finder:HAZIMEさんと話していると意思の強さみたいなものを感じるのですが、その意志の強さはどこから来るのでしょうか?
DJ HAZIME:子供の頃はサッカーが大好きで小学校を卒業した後、やるんだったら日本一の環境がいいと思って当時日本一とされてた読売クラブのジュニアユースに入りました。すごい頑張ってやりたいと思って、オレはマラドーナになるぜって必死だったけど、全国からの寄せ集めは強ぇ、みんなめちゃくちゃうまいって思って、やりとおすことができなかった。この挫折が自分を変えたと思うな。
やりきらなければ後悔するのは自分だ。やり遂げることが大切なんだと思うようになった。これがすべての源だね。

Sound finder:サッカーってチームでやりますよね?DJって一人でやりますよね?
Pict0043_2 DJ HAZIME:今は割とチームで何かをやるのは得意じゃないな(苦笑)。ただ、DJは一人で完結しているわけではないでしょ?クラブでも自分がかけた曲に対してお客さんからのリアクションがあり、そのリアクションから良い選曲ができるんですよ。DJは独りよがりで、自分の中で完結するものではなく、常にお客さんのリアクションがあるんです。お客さんと一緒に作って行くということについては共通しているんじゃないかな?
 
Sound finder:優秀な営業マンみたいですね(笑)
DJ HAZIME:営業なんですかねぇ。フフフ(笑)

Sound finder:そういうのって苦手な人が多いじゃないですか?選曲でも自我を通すというか・・・。こういうエゴがクラブをつまらなくしていると思うんですけどね。
DJ HAZIME:基本的に褒められるのが好きなんですよ(笑)
20歳の頃は結果も何も無かったから何も考えてなかったけど、25歳になってHarlemでレギュラーでDJするようになって、毎週何百人も集客できて、この集客が落ちてくれば自信もなくなるかもしれないど、集客はキープしていて。かつアルバムをリリースしたりと、やってきたことが形になって結果が出てきたのがここ5年くらい。これが自信になっているので、自分が選曲するということについて確信しているところはあると思います。
   
Sound finder:結果が出るまで大変だったんではないですか?
DJ HAZIME:全然。大変だと思ったことは一度もないから。さっきから言っているとおり、DJが好きだからね。
     
Sound finder:上の世代の人たちとの人脈って簡単にできたのですか?
DJ HAZIME:うん、簡単にできたし、それだけじゃなく今のNitroのメンツと色々やろうと思ったときに、メンバーそれぞれ知っている先輩がいて、その先輩すべてが自然と自分の先輩というか、、、とてもラッキーな環境でした。

Soundfinder:DJやろうと考えたときに、すぐにクラブでDJできたりしたんですか?
DJ HAZIME:ダンサー時代の知り合いでダンサー時代から良くしてくれたオーガナイザーの方がいて、「お前、イベントの早い時間にDJやれよ」って言ってくれて。元々ダンサーだから踊れる曲も知っていたので、そこからちょこちょこDJの仕事もらっていましたね。でも、ギャラ500円って時もあったし、チャリで西麻布まで行ってた時もありましたよ(笑)
そういうのを苦労したって話す人もいると思いますけど、全然そんなの苦労じゃない。だって楽しかったもん。

Sound finder:今、500円でDJしてくれって言われたら、やります??
DJ HAZIME:ノーギャラでも全然やりますよ。もちろん「何かあったら今度は助けてね」っていうお願いはしますけどね、ハハハ(笑) DJが好きだから、やりますよ。

Soundfinder:運ってあると思いますか?
DJ HAZIME:うーん、どうなんだろう。。(しばらく考え込む)
運は自分が何かをやっていなければやってこない、漫然と過ごしている奴には絶対に傾かないと思います。何もしなければ運は 転がってこない。ということはありますよ。ぼーっしていたら、運がきていることもわからないし。

Soundfinder:最近のDJの中ではDJの能力を問われないような、例えばオーガナイザーの力で集客をして、イベントなんかをやっている人が います。このような人たちをどのように思いますか?
DJ HAZIME:それはそれでいいんじゃないかな。今の形態だと思うし。

Sound finder:そういうのに、嫌悪感を感じませんか?
DJ HAZIME:どの見方で見るかってのはあると思いますよ。玄人的に見てイマイチでも、フロアに千人入っていて、ガンガン盛り上がっているのであれば、それは良いDJだと思いますよ。だけど、究極は玄人も唸らせて、一般のお客さんも納得させることだと思うので、自分はそうなりたいと思いますよ。でも、そこは玄人目線で見る必要はないかな。お客さん第一だから。選曲がしょぼかろう が、かっこ悪くても、盛り上げることが大切で、それがいいDJだと思いますよ。

Soundfinder:最初からそういう感覚って持ってましたか?
DJ HAZIME:こんな感じで常にお客さんのことを考えられるようになったのは、土曜日にHarlemでDJをやるようになってからのこと。今では自分のセット中でいろいろなタイプの選曲ができるけれど、昔は男臭い選曲ばっかりしていました(笑)

Soundfinder:将来的にはどんなことをやっていたいと思いますか?
Pict0045 DJ HAZIME:40歳まではDJをやっていると思いますが、その後は自分のプロダクション、スタジオ、などを手がけていきたい。どんなお金持ちになってもクラブとレコード屋はやりたくないっすね(笑)。だって好きだから、経営するところじゃなく遊びに行きたいな。 裏方で若い奴らに活躍の場を提供できるような立場で、音楽に携わっていきたいと思っています。オレ、絶対にこの夢を実現させますよ(笑)。

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